16番 清水寺(きよみずでら) | ||||
正式名 | 音羽山 清水寺 | |||
本尊 | 十一面千手千眼観世音菩薩 | |||
開基 | 延鎮上人 | |||
創建年 | 宝亀9(778)年 | |||
住所 | 京都市東山区清水一丁目294 | |||
電話番号 | 075-551-1234 | |||
URL | http://www.kiyomizudera.or.jp/ | |||
その他 | 北法相宗(大本山) | 納経 | 御姿 | 散華 |
御詠歌 | 松風や 音羽の滝の 清水を むすぶ心は 涼しかるらん |
由 来 | |||
開創は1230余年前、すなわち奈良時代の末778年。大和・子島寺の延鎮上人が夢告をうけ音羽の滝を尋ねあてて行叡居士に逢い、霊木を授けられ観音像を彫造して、滝上の草庵に祀ったのに始まる。
そして間もなく、坂ノ上田村麻呂公が、滝の清水と上人の観音信仰に導かれて仏殿(本堂)を寄進建立し、御本尊十一面千手観音を安置して寺観をととのえた。 |
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清水寺1 | |||
参道、清水道には、両脇に土産店が軒を連なり、観光客で一杯である。若い娘は着物姿で歩いて、風情に溶け込んでいる 護国神社分岐点には道標が3本建っている。角には藤憲寺の手水鉢があり本尊名を刻んだ自然石が建っている。 |
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参道 清水道 | 護国分岐点 藤憲寺本尊名 | ||
参道、清水道をなおも進むと、産額に藤憲寺と書かれたお寺がある。 | |||
参道 藤憲寺 | 藤憲寺内 | ||
大日堂・・・ 経書堂の東方、清水道の途中の北側にある。清水寺塔頭の真福寺の仏堂である。 | |||
参道 大日堂 | 大日如来像 | ||
参道 寶徳寺・・・阿弥陀如来像が祀られている。 | |||
参道 寶徳寺 | 寶徳寺 阿弥陀如来 | ||
善光寺堂・・・16世紀中頃には六地蔵をお祀りした小堂であったが、長野県の善光寺から本尊を勧請した善光寺如来堂とし明治中期に善光堂と称した。 現在の堂は昭和59年の再建で、如意輪観世音座像を中央に右に善光寺阿弥陀仏三尊像、左に地蔵菩薩立像を安置している。 |
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地蔵院 善光寺堂 | 如意輪観世音 | ||
首ふり地蔵・・・堂前の首ふり地蔵は願い事のある方向に首を回して拝めば願いが叶えられると云われ、江戸時代以来庶民の信仰を集めている。 | |||
本尊名 | 首ふり地蔵 | ||
園通殿・・・大講堂の一角である園通殿と名づけられている。 | |||
寶性院 | 園通殿 | ||
大講堂・・・昭和59年(1984)に、大西良慶和上の宿願であった、観音信仰の道場・国際親善・文化交流の殿堂として建立された。 | |||
寺務所 | 大講堂 | ||
成就院参道の右手には、地蔵菩薩、観音菩薩、阿弥陀如来、大日如来、釈迦如来など、様々な石仏が立ち並んでいる。 その一部は、かつて京都の各町内にお祀りされていた「お地蔵さん」。 |
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千体石仏全景 | 千体石仏 | ||
清水寺本坊塔頭(ほんぼうたっちゅう)として、本願職(伽藍整備や維持、財政の維持管理)を担当してきた。応仁の乱の兵火によって焼失した清水寺を、勧進活動によって再興した。願阿上人の住房として造られたのが成就院の起源。現在の建物は、寛永16年(1639)、時天皇・後水尾天皇の中宮であった東福門院和子(とうふくもんいんかずこ)の寄進によって再建されたもの。 | |||
成就院 | 成就院全景 | ||
幕末には月照(忍向)・信海両上人(げっしょう・しんかいりょうしょうにん)のもとに近衛忠熈公(このえただひろ)、西郷隆盛公をはじめとする勤皇の志士たちが集い、密談を交わした場所でもあった。 | |||
成就院前池 | 月照信海遺跡 | ||
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